感謝の讃歌(2)―典礼の中で―


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 聖歌隊のメンバーに聞いてみた所、「ミサが終わったとき、奉納の歌から感謝の賛歌までの記憶が抜け落ちている」人が結構いるようです(私も含めて)。叙唱で唱えられた神の恵みは、右の耳から入って左の耳に抜けているのです。同じような経験を持つ方は多いのではないでしょうか?一度癖になってしまうとなかなか抜けないものですが、これでは心ではありがたいと思っていないのに、口では「ありがとう」と言っているのと同じです。神様に対して誠実な態度とは言い難いでしょう。
 多くの人に、ミサの半分少し過ぎた辺りにある共同祈願〜叙唱の辺りで集中力が切れる傾向が強いようです(大きな声では言えないのですが、神父さまのなが〜い説教が少なからず関係しているようです)。この傾向をよく知っておいてください。当てはまる方は、叙唱の時「私は今集中力が切れている」若しくは「集中力が切れかけている」という事を自覚するだけで、集中するのがかなり楽になるはずです。

【外山 愛】