感謝の讃歌(2)―典礼の中で―


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 巷のコンサートでは、「○○のミサ曲」というのが取り上げられる事があります。私も一昨年大学の定期演奏会でモーツァルトの戴冠ミサ曲を歌いました。そこでは〈感謝の賛歌(Sanctus-Benedictus)〉は〈信仰宣言(Credo)〉と〈平和の賛歌(Agnus Dei)〉の間で、独立したものとして演奏されます。感謝の賛歌の前に叙唱が唱えられるなんてことは絶対にありません。もちろんコンサートでは「祈り」ではなく「音楽」として取り上げるのですから、それはそれで構いません。
 ですが、コンサートスタイルのミサ曲の概念を典礼の中に持ち込む事は許されません。わたしたちは感謝の賛歌を「音楽」ではなく「祈り」として捉えます。二つの決定的な差は「歌詞の味わい」に伴う内的躍動感です。コンサートの音楽に内的躍動感は必要ありませんが(と言い切る事もできないかも知れませんが、内的躍動感よりも外的躍動感の方がはるかに重要な事は事実です)、祈りにおいて内的躍動感は何よりも大切なものです。そして、感謝の賛歌に伴う内的躍動感を引き出すものが叙唱である事は言うまでもありません。

【外山 愛】