あわれみの讃歌

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 これは「あわれみの賛歌」だけではなくミサ曲の賛歌全てに言えることですが、ミサ曲の歌詞は、情緒的な内容で信仰に訴えかけて来るような性格のものではありません。ミサ曲を歌って「キリストの愛が心にしみ込んで涙が出て来た」という体験をなさった方は殆どいらっしゃらないのではないでしょうか。ミサ曲の味わいは、それを単独に取り出した時には分かりません。なぜならミサ曲は典礼の流れそのものだからです。「回心の祈り」に応える「あわれみの賛歌」であることが大切なのです(これは「叙唱」と「感謝の賛歌」の関係も同じです)。  逆に、それぞれを取り出して独立して捉えてしまうと、言葉は悪いですが「つまらない」もっと言えば「なくても構わない」ものになってしまいます。相互の関係が絶妙に組み合わさった典礼の中の一連の流れとして捉え、その澱みない流れによって引き出される内的な躍動感を味わうようにしてみたらよいのではないでしょうか。
【外山 愛】