あわれみの讃歌

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 さて、私は「あわれみたまえ」という言葉を聞けば、真っ先にルカによる福音書18章35-42節 のエピソードを連想します。ちょっとリンクをクリックして読んでみてください。特に39節の「先に行く人々が叱りつけて黙らせようとしたが、ますます、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫び続けた」という所です。私たちはミサの中でこんなに真っすぐにキリストに呼びかけているでしょうか。私たちの歌声の中にこの必死さはあるでしょうか。私はどちらかと言えば回心の祈りの間は上の空で、オルガンの音が鳴るとパブロフの犬のように「主よ〜あわれみたまえ〜」とやっている事が多いので、大いに反省が必要なこの身です。  この盲人にしても、太陽崇拝・皇帝崇拝を命がけで拒否して来た初代の信者たちにしても、キリストだけが救いだったのです。彼らと同じことばを使うのですから、毎日曜日の事とは言え、やはりきちんと襟を正す必要があるのではないでしょうか。
【外山 愛】