平和の讃歌

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 この曲は、教皇セルギウス1世によって7世紀末に東方教会から持ち込まれた、と言われています。この曲が持ち込まれた頃、聖体拝領に用いられるパン(ホスチア)は今のように小さいものが人数分あったわけではなく、大きいものを文字通 り「割いて」いたのです。今は司祭が「パキッ」と1回ホスチアを割るだけですが、当時は大変な時間がかかったようです。私が小学生か中学生の頃行っていた教会で、パンを焼ける神学生が復活徹夜祭のために大きな種無しパンを焼いて、それが使われた事があります。確かに、6〜7人の司祭団が総出でやってもパンを裂くのに(というよりも「むしる」のに)、結構な時間がかかったような記憶があります。平和の賛歌は、その時間を埋めるための手段でもあったようです。  余談ですが、そのパンは保存出来ないので、余った分を司祭団と侍者が一生懸命口に詰め込んで、それでも余ったのでもう1回まわって来たのが結構印象的な記憶として残っています。今はミサの前に信徒が自分の分を確保するので、極端に余るという事はありませんし、余ったとしても保存で来ますからこういう事にはなりません。でも、昔はこういう事もあり得たのかな、と思うと、なんとも微笑ましいものですね。
【外山 愛】