バッタンバン友の会発足趣旨


 2001年夏、カンガス神父と祇園カトリック教会の高校生グループが、体験学習としてカンボジアを訪問しました。現地で、いまだ癒えぬ内戦の傷痕に苦しむ人々を目のあたりにし、何かしなければと突き上げる思いに駆られました。
 内戦中、特に激戦区だったバッタンバン地区において、キケ司教を代表とするイエズス会は、カンボジアの人々の支援活動を行っています。この活動に、日本から協力していくことが有意義であると判断し、2001年9月1日 「バタンバン友の会」 を発足させるに至りました。
 更に、かねてよりアフリカについても心を痛めていたカンガス神父は、2005年夏、初めてコンゴ ・ カメルーンを訪れました。アフリカは世界中で最も窮乏を極めた 『忘れられた大陸』 と呼ばれています。アフリカには聖マリア修道女会のシスターを通して支援活動を始めました。
 カンボジアをはじめ恵まれないアジアやアフリカの人々と交流を続けながら、支援を続けていきたいと願っています。 
                

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バッタンバン友の会歴史


2000年: 広島祇園カトリック教会の高山神父(ベトナムより日本に帰化)がベトナムに里帰りの帰途、カンボジアを訪問。その様子を当時の高校生に話した。高校生たちは是非自分たちもカンボジアに連れて行って欲しいと頼んだ。
 
2001年: カンガス神父・高山神父・山内修練士と高校生9人が体験学習としてカンボジアを訪問。内戦の傷跡に苦しむ人々を目の当たりにして、何かしなければという思いに駆られた。カンボジアの最も貧しい地方の名前を取って『バッタンバン友の会』を発足。
 
2002年5月: カンボジアより地雷被災者でありノーベル平和賞受賞者のトゥン・チャナレット氏とキケ司教を招き、東京・広島・山口の学校や公民館などで講演会を開いた。
 
2002年7月: 第1回カンボジアツ訪問:カンガス神父を初め広島から4名・東京から3名が参加。東京からは丁度イグナチオ教会の『共助ぶどうの会』が金融部門を閉鎖するのに当たり、その余剰金をキケ司教に託した。それ以来、広島の祇園教会と東京のイグナチオ教会は協力体制をとっている。
その後、毎年夏にカンボジアスタディーツアーを行っている。
 
2005年夏: かねてよりアフリカについても心を痛めていたカンガス神父は、初めてカメルーン・コンゴ民主共和国を訪れた。それを機に、アフリカの聖マリア修道女会のシスターを通して支援活動を始めた。
 
2006年11月: アフリカの支援開始に伴い、趣意書並びにシンボルマークの変更した。
 
 
2007年4月: カンガス神父の山口教会への異動に伴い、山口教会とも協力体制をとる。
 
 

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支援先

 私たちの会では、イエズス会の司祭方が活動をしているカンボジアのシェムリアップ・バッタンバン・プノンペン、そして、アフリカでは主に聖マリア会修道会が活動を行っているアフリカ・コンゴ民主共和国を訪問しその現状を知り、みなさんにお伝えしています。ここでは、その訪問先の現状について簡単に記します。



世界地図

カンボジアの現状(神谷和佐子記)
カンボジア  カンボジアは、かつては緑豊かでのどかな農業国でした。約800年前には世界遺産にもなっているアンコール・ワットを建築したほどの優秀な民族です。  カンボジアの国民は、アメリカのベトナム介入(ベトナム戦争)以来、徐々に国政が悪化していき、シアヌーク政権からロン・ノル政権へと移り、更にポル・ポトが政権を握った約数十年間、同じ国民が殺しあうという恐怖の生活を強いられてきました。(カンボジアの歴史については、WikiPediaなどに詳細に書かれていますのでご覧下さい。キーワード:カンボジアの歴史)
 1991年10月にカンボジア和平パリ協定の開催で、長い間続いた内戦が終結を迎えましたが、国は疲弊し、いたる所に埋められた地雷は残り、そのために働き手である大人、これからの国の担い手である子どもの多くが犠牲を負いました。いまでもその深い傷痕は癒えていません。
 現在、首都プノンペンや世界遺産アンコール・ワットのあるシェムリ・アップ地区の復興ぶりは目覚しく、公共設備(道路、電気、水道・・・)など、各国の支援を受けて、徐々に整備されてきています。2007年には見ることができませんでしたが、2008年の訪問の際には、新建設の道路わきに電柱が立っている様子をうかがうことができました。私たちは、毎年、夏に訪問しますが、1年の間にどんどん様相が変化していくことがわかります。車窓から見える教育施設なども、中央都市では充実してきているように見えます。しかし、一方、観光地(アンコール・ワット)などでは、まだ幼い子供が「ワンダラー(1$)」と言い、絵葉書やスカーフなどを売りつけている姿が多く見られます。また、そのように開発されている地区から一歩出た場所では、未だに井戸の設備も少なく、電気もない生活を送っている人々が多く住んでいます。そのような地域では、教育環境も決して良いとは言えません。
 カンボジアには、東洋一と言われる湖トンレサップ湖があります。しかし、この岸辺には、土地を持つことができない住人が水上生活を強いられ、湖で獲れる魚を売り、わずかな収入を得て生活の足しにしています。そこで生活する子どもたちは、大抵は栄養不良のために髪の毛は赤茶けています。また、地面の上で、飛んだり跳ねたりと通常の子どもたちがする遊びができないために骨が非常に脆いそうです。
 現在のカンボジアにとり、最も必要なのは若い人たちの教育でしょう。若い人が、教育を受けることにより自分たちの自信を取り戻し、自分たちの手で国を建て直す力を身につけていくことが重要な課題といえると思います。ポル・ポト時代に知識人の多くを失い、子どもたちに教育を施す教師が不在となり、先ず、教師の教育から始めなくてはならない状況です。今、若い教師たちは、自分自身で学びつつ、小学校の子どもたちを教えています。
 また、カンボジアは緑豊かで自然が豊富にあります。農業政策を勧めて行くことも若い人たちの将来の夢を叶えることの一つになることでしょう。今、農業・牧畜などについて現場で教育を行い、自立した生活ができるような支援が盛んに行われるようになっています。更に、地雷などで傷ついた子どもや青年たちへの自立の道を支援する職業訓練も盛んに行われています。
 いろいろな方面の教育が徹底されることにより、自分たちの生活における衛生環境なども向上していくのではないかと期待しています。
 バッタンバン友の会は、この国に毎年夏訪問をしていますですが、訪問した多くの人たちの感動は、貧しい中にも子どもたちが必死に生きていこうとする純真な目に心を打たれることにあるのでしょう。



アフリカの現状(ルイス・カンガス神父記)
コンゴ民主共和国   20年前のアフリカは『忘れられた大陸』でした。でも、今のアフリカは『涙と希望』の大陸です。 私は、わずか3回ですがアフリカに行きました。訪れた所は、カメルーンのヤウンデ州と北の田舎にあるトコンベレ、そして、コンゴの東の8つの町しか知らないので、ここでお伝えできることは大変限られて、そのほんの一部にしか過ぎません。私は、アフリカを訪問する時は、40年前からアフリカで働いているマリア会のシスター達の修道院に泊り、また、そのシスター達に案内されて、いろいろな場所を視察しています。その中でいくつか感じたことを紹介しましょう。


○水について
 トコンベレのシスター達の修道院には井戸がありまが、水は余り豊富でありません。私たちが行く2週間前から、シスター達は、私たちのことを考えて、井戸の水をほとんど汲まずにとっといてくれました。それでも、ある日、私がシャワーを浴びている途中に水が切れてしまいました。アフリカの女性と子どもの主な仕事は、水を汲みにいくことです。マイヨプラタの町に井戸があり、長い行列をして、自分の順番が来るのを待つのです。この町には、毎年10月から次の年の5月まで乾季が来ます。
○食べ物について
 アフリカの人々は、毎日2回食事をします。年中、とうもろこしと似ているミルを食べてます。栄養失調の子供が非常に多くいます。水と食事の不足と病気で、アフリカは、毎年500万人の5歳以下の子どもが死にます。すなわち、毎日14000人の子どもが死んでいるのです。
○エイズについて
 正確な数字が分かりにくいですが、2003年にアフリカの患者は、2500万人に達したそうです。世界のエイズの患者の3分の2はアフリカにいます。その中で、毎年220万人が死んでいきます。そのため、エイズで親を亡くした孤児が非常に多くいます。アフリカの人口の4割は、一日一ドル以下で生活をしなければならないのです。

 教皇ヨハネ・パウロ2世は、国連でアフリカについて話しました。毎年、数百万人が飢え死にしているのに、先進国は途上国の豊富な資源を搾取し、彼らに武器を売り、内乱をそそのかします。そして、自然環境は無視され、アフリカには荒野が広がっていきます。
 しかし、そのような悲惨な状況の中にでも、すばらしい事に出会います。
 私は、この3回の訪問で、10箇所のアフリカの町を訪れました。どの町にもマリア会のシスター達は、小学校を持っています。どの学校でも生徒の人数は700ないし1700人です。また、ある町には中・高等学校そして大人たちに読み書きを教える学校もあります。3箇所に看護専門学校もあります。病院も診療所もあります。いろいろな職業訓練をする学校もあります。シスター達は全ての学校に積極的にかかわり、しっかり教えています。全ての生徒と学生たちのの学びたいという意欲の高さを見て感心をしました。
 また、アフリカ人の信仰はすばらしい。大きな教会は一杯になります。典礼は見事に準備されています。歌、ドラム、踊りなど。毎日曜日のミサは、3時間かかります。説教は40分です。説教の間司祭が質問をします。会衆がそれに答えます。笑う、拍手。また、次々踊り、祈り、感謝、喜び。私が気が付いたときには既に3時間経っていました。そして、このミサの後、子どものミサも一杯となります。また、その次のミサも行われのです。マリア会のシスター達はみな黒人です。召し出しが多いのです。シスター達は明るくてよく働きます。  最後に、すばらしいエピソードをお伝えしましょう。 私は、トコンベレという町で数人の子供を持っている人に出会いました。ある日、お父さんが食べていたミルはもう残りわずかしかなかったのですが、彼は、食べ物の無い隣の人に、自分のミルを分かち合っていました。これを見ていたシスターは、そのお父さんに言いました。「何故そのようなことをするのですか。明日は、あなたとあなたの子どもたちのための食べ物はもうないでしょう。よく考えてごらんなさい。」と。しかし、お父さんは、「シスター、自分が食べ物を持っていても、自分の目の前に飢え死にする人を見るよりも、一緒に飢え死にするほうがどんなに良いことでしょう。」と答えました。
 さて、アフリカのもう一つの希望は、このホームページを見ているあなたです。あなたが、アフリカのことに対して持っていらっしゃるその興味は、既にアフリカの助けとなり、神の祈りです。

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友の会の組織と事務局


バッタンバン友の会後援会会長 三末 篤實 (広島教区司教)
バッタンバン友の会 会長  ルイス・カンガス (イエズス会司祭) 
事務局長  神谷 和佐子 (祇園カトリック教会信徒)
事務局  〒731-0138
広島市安佐南区祇園3−6−1
祇園カトリック教会 内
TEL 082-874-5198
FAX 082-875-4505

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